はじめに -精神医学的診断-
医療従事者でなくとも、うつ病やパニック障害、注意欠如・多動症(ADHD)や統合失調症といった代表的な精神疾患については、一般の方でも大まかなイメージをお持ちでしょう。より詳細な知識を得たければ、インターネットや書籍を通していくらでも手に入る時代です。しかし、精神医学的診断というのは、身体疾患の診断とは大きく異なっており、一般の方にとって一見分かりやすそうに見えても、実際はそうではないことがしばしばです。人間の精神的苦痛と機能障害を引き起こす精神疾患の存在を同定して鑑別することは、本当に難しいと感じています。その理由の第一は、大抵の精神疾患には客観的所見、すなわち他の医学分野で大いに利用されている検体(尿や血液など)検査や画像(CTやMRI)検査が、部分的にしか役立たないということです。さらに精神医学的診断は、どのような立場に立って診断行為を行うか、診断する人の学識と経験、その診断を行う状況に依存する部分が結構あります。
とはいえ、精神医学の専門家が、これら条件をできる限りうまく統制して診断に臨むのであれば、診断のばらつきを少なくできることも事実です。ということで、ここでは少し専門的な記載の仕方になりますが、精神医学が考える各々精神疾患の基本概念と特徴を、世界保健機関による疾患分類ICDと並んでよく使用される米国精神医学会の精神疾患の診断・統計マニュアルDSM-5の第Ⅱ部(診断基準とコード)に準拠して説明します。なお、「○○群」とあるのは、複数の精神疾患を含む上位カテゴリーのことで、狭義の疾患名ではありません。同じ群に含まれる疾患どうしは、基本概念や特徴が類似している、あるいは関連していると想定されています。DSM-5には「神経発達症群」から「他の精神疾患群」まで、全部で20の“群”があります。
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知的能力障害と限局性学習症
米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)では、知的能力障害(知的発達症/知的発達障害)と3つも名前が併記されているので少し混乱してしまいますが、すべて同じ障害をさしています。英語ではIntellectual Disabilities (Intellectual Developmental Disorder)となっていて、Intellectual Disabilitiesの日本語訳が「知的能力障害」、Intellectual Developmental Disorderの日本語訳が「知的発達症/知的発達障害」です。自閉スペクトラム症を含む他の神経発達症/神経発達障害と併存することがあります。
発達期の間に発症する知的および適応の欠陥を言います。大人になってから診断を受ける場合でも、知的および適応の欠陥の始まりは、発達期にまで遡る必要があります。知的な欠陥は、論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断、学校での学習、経験からの学習のような全般的精神機能の欠陥によって特徴づけられます。適応の欠陥は、家庭または地域でのコミュニケーション、社会参加、学業または職業機能、および自立を含めた日常生活の複数の場面における自立、社会的責任の標準を満たすことができないことで特徴づけられます。これらが軽度から最重度のどの水準に該当するかは、精神医学的診察および知的機能に関する心理検査などから判定されます。
限局性学習症/限局性学習障害(Specific Learning Disorder)は、いわゆる学習障害のことで、その名が示すように、効率的かつ正確に情報を理解し処理する能力に特異的な欠陥を認める場合に診断されます。ですから、発達期の間に発症する知的および適応の全般的な欠陥である知的能力障害(知的発達症/知的発達障害)とは異なります。簡単に言えば、特定の領域、すなわち「読む、書く、計算する」のいずれかに限って、基礎的な学習技能を身につけることの困難さが持続的に存在し、たいていは学校教育の期間において初めて明らかになります。特定の領域に関して、その子の成績は年齢の平均をはるかに下回り、合格水準の成績を得る場合は、その子は並外れた努力を払わざるを得ません。米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)には、次の亜型が記述されています:①読字の障害を伴う(かつての読字障害)、②書字表出の障害を伴う(かつての書字障害)、③算数の障害を伴う(かつての算数障害)。
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自閉スペクトラム症(ASD)
白色蛍光灯の光を目でみれば文字通り“白色”ですが、分光器(Spectrometer)を通して見ると、虹のスペクトル(Spectrum)のように、紫、青、緑、黄緑、黄、橙、赤の順番で色が分かれるはずです。自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder, ASD)とは、知的能力障害を伴うことが多い古典的な自閉症から、高機能自閉症、アスペルガー症候群、さらには自閉スペクトラム傾向を持つ人まで、その基本病態と症候群は連続的に存在しているとする連続体仮説を反映した名称です。自閉スペクトラム症は、「対人的相互関係、対人的相互反応で用いられる非言語的コミュニケーション行動、および人間関係を発展・維持、および理解する能力などの欠陥」を含み、さまざまな状況における社会的コミュニケーションおよび対人的相互反応の持続的な欠陥によって特徴づけられます。
このような抽象的な表現にならざるを得ない社会的コミュニケーションおよび対人的相互反応の欠陥に加えて、自閉スペクトラム症の診断には、別に述べた社会的(語用論的)コミュニケーション症にはない「行動、興味、または活動における限定的、反復的な様式」が複数存在する必要があり、それは米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)によれば、以下のうち少なくとも2つです。1)常同的または反復的な身体の運動、物の使用、または会話(例:おもちゃを一列に並べたり物を叩いたりするなどの単調な常同運動、反響言語、独特な言い回し)、2)同一性への固執、習慣への頑ななこだわり、または言語的、非言語的な儀式的行動様式(例:小さな変化に対する極度の苦痛、移行することの困難さ、柔軟性に欠ける思考様式、儀式のようなあいさつの習慣、毎日同じ道順をたどったり、同じ食物を食べたりすることへの要求)、3)強度または対象において異常なほど、きわめて限定され執着する興味(例:一般的ではない対象への強い愛着または没頭、過度に限局したまたは固執した興味)、4)感覚刺激に対する過敏さまたは鈍感さ、または環境の感覚的側面に対する並外れた興味(例:痛みや体温に無関心のように見える、特定の音または触感に逆の反応をする、対象を過度に嗅いだり触れたりする、光または動きを見ることに熱中する)。
自閉スペクトラムの軽症な側になればなるほど、自閉スペクトラム症と自閉スペクトラム的な正常の変異との区別が難しいように思います。最近は日本でも、神経発達障害の専門家は、国際標準となりつつある親面接法(Autism Diagnostic Interview Revised, ADI-R)や直接行動観察法(Autism Diagnostic Observation Schedule Second Edition, ADOS-2)を利用することが増えているようです。
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社会的(語用論的)コミュニケーション症
言語学には複数の研究領域があり、「~論」と呼ばれています。音韻論、形態論、統語論、意味論、語彙論、そして語用論です。米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)において新たに採用された診断カテゴリーである社会的(語用論的)コミュニケーション症は、語用論、すなわち言語やコミュニケーションの社会的な使用において基礎的な困難さがあることが特徴であり、「自然な状況での言語的および非言語的コミュニケーションの社会的ルールを理解し従うこと、聞き手や状況の要求に合わせて言葉を変えること、および会話や話術のルールに従うこと」の欠陥によって明らかになります。
具体例を挙げますと、子どもは遊び場と教室とで喋り方を変えますし、相手が大人か子どもかでも話し方を変えます。通常、これは特に意識しなくても自然にできることで、この能力の欠陥は、社会参加、社会的な対人関係の発達、学業成績、または職業の遂行能力に制限をもたらします。近ごろ“コミュ障”などという用語をよく耳にしますが、ここで定義される社会的(語用論的)コミュニケーション症は、上記のような言語学的特徴をより重視しているようです。
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注意欠如・多動症(ADHD)
Attention-Deficit Hyperactivity Disorder (ADHD)として知られる疾患です。公式に診断されるには、中学生になる頃までには存在している多数の持続するADHD症状を持つ必要があります。神経発達症の一つですので、青年や成人において診断する場合でも、子ども時代から複数の症状が継続している証拠を示す必要があります。米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)によれば、ADHD症状には、不注意と多動性・衝動性があり、どちらの症状が多いかによって、不注意優勢に存在する場合と、多動・衝動優勢に存在する場合、両者が混在して存在する場合があります。不注意には、「学業、仕事、または他の活動中に、しばしば綿密に注意することができない、または不注意な間違いをする」、「課題または遊びの活動中に、しばしば注意を持続することが困難である」、「直接話しかけられたときに、しばしば聞いていないように見える」などが含まれ、多動性および衝動性には、「しばしば手足をそわそわ動かしたりトントン叩いたりする、またはいすの上でもじもじする」、「席についていることが求められる場面でしばしば席を離れる」、「不適切な状況でしばしば走り回ったり高い所へ登ったりする」などがあります。いずれの症状も、少なくとも半年くらいは持続して、その程度は発達の水準に不相応で、学校生活や職業活動に直接的な悪影響を及ぼすほどでなければなりません。ここに挙げた症状は子どもでは分かりやすいのですが、青年や成人では、不注意症状として「しばしば日々の活動で忘れっぽい」、「課題や活動を順序立てることがしばしば困難である」といった記憶や実行機能の問題が中心のことも多いです。
かつてADHDはもっぱら子どもの病気でしたが、「自分の悩みや問題がADHDに由来するのではないか」と考えて受診される青年や成人が増えています。子どもの頃にADHDの診断を受けたことがある人が、大人になって改めて受診する場合もありますが、最近はインターネットやマスメディアからの情報を偶然得るか自ら探し当てて、受診に至った患者さんも増えています。ただし、ADHDの不注意の症状や実行機能の問題は、別の様々な精神疾患においても広く存在する症状群ですので、自己診断は禁物で、やはりADHDの診断に習熟した精神保健の専門家に相談する必要があります。相談者自身、あるいは両親や配偶者に症状を評価してもらう専用の質問紙や、専門家が実施するADHD診断のための面接法が利用されることがあります。子ども時代に遡って診断を下す必要がある青年や成人のADHD診断には、特有の難しさがあることも事実ですが、正しく診断を下すことができたならば、ADHDの症状改善薬を利用するという選択肢もあります。「診断=くすり」という訳ではありませんので、主治医とよく相談して決めることが肝要と思われます。
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トゥレット症候群
トゥレット症候群(トゥレット障害、トゥレット症)は、ジル・ド・ラ・トゥレット症候群ともいいますが、現在はより短く、トゥレット症候群と呼ぶ方が多いようです。詳細な症例報告をしたフランス人の神経病医、ジョルジュ・ジル・ド・ラ・トゥレットの名にちなんだ命名です。米国の精神疾患の診断マニュアル
(DSM-5)では、神経発達症群/神経発達障害群という大分類の中の、運動症群/運動障害群という中分類の中の、さらにチック症群/チック障害群という小分類の中に位置づけられています。
トゥレット症候群は、脳機能の発達の障害(神経発達症)であり、チックという突発的で急速、反復性で非律動性(リズミカルではない)の運動(=運動チック:まばたき、顔しかめ、じだんだを踏む、体をたたくなど)、および発声(=音声チック:咳払い、鼻鳴らし、鼻すすり、「ア」や「ウ」などを発する)を伴うチック症の一つで、18 歳以前に発症して、1 年以上にわたって続きます。チックという症状については、その程度で分けて、持続時間が短くて明らかに無意味なもの(=単純チック)と、持続時間がやや長くて意味があるように見えるもの(=複雑チック)に分ける場合もあります。
ジル・ド・ラ・トゥレットの当時の報告においては、コプロラリア(汚言症:社会的に不適切な、しばしば卑猥な言葉を発する)やエコラリア(反響言語:他人が発した言葉を繰り返す)といった複雑音声チックが強調され、教科書的には今でも有名な症状ですが、現在は診断に必須の症状ではありません。チック症状を軽減する薬物療法や、機能の改善に役立つ心理社会的対応法が知られていますので、まずは正しい診断と評価を受けることが重要と思われます。
強迫性障害や注意欠如・多動症などの併存精神疾患や、怒り発作、買い物やギャンブルに関する衝動制御障害を同時に持つトゥレット症候群の患者さんでは、これら併存症による問題の方が重大であることもあり、包括的評価に基づいた治療と支援策の検討が必要です。
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統合失調症と統合失調症様障害
米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)では、統合失調症(Schizophrenia)と統合失調症様障害(Schizophreniform Disorder)は「統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害群」に含まれます。この群に含まれるのは、統合失調症と、統合失調症と類似する症状を持ちながらも統合失調症とは区別される精神病性障害群、そして分類上はむしろパーソナリティ障害に含まれる統合失調型パーソナリティ障害です。これら多様な疾患を一つの群にまとめる理由は、①妄想、②幻覚、③まとまりのない思考(発語)、④ひどくまとまりのない、または異常な運動行動(緊張病を含む)、⑤陰性症状といった5つの領域(広義の精神病症状)のうち、1つかそれ以上の異常を持つ疾患群として定義するためです。
統合失調症は「統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害群」に含まれる代表的な疾患の1つです。妄想、幻覚、まとまりのない発語や行動といった症状(各々は1ヶ月以上にわたって存在)が2つ以上出現し、しかも障害の持続期間は6カ月以上とより長期的な病態です。この6カ月間には、明らかな精神病症状を示す活動期の前後の時期、すなわち前駆期や残遺期が含まれ、意欲の欠如など陰性の症状や、活動期に認められた幻覚や妄想など陽性の症状が弱められた形で存在することがしばしばです。
統合失調症様障害も「統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害群」に含まれる精神疾患の1つですが、妄想、幻覚、まとまりのない発語や行動といった症状(各々は1ヶ月以上にわたって存在)が2つ以上出現するものの、その障害の持続期間は1カ月以上6カ月未満です。したがって、その障害の経過は統合失調症より短いので、統合失調症様障害と呼び、統合失調症とは区別しています。次のような特徴を伴う場合は、良い経過をたどる可能性があります。すなわち、①日常の行動や機能に最初の変化が認められてから4週以内に顕著な精神病症状が出現、②錯乱や困惑、③病前の社会的、職業的機能が良好、④鈍麻したまたは平板化した感情がない。
なお、妄想、幻覚、まとまりのない発語や行動といった症状が1つ以上出現するものの、その障害の持続期間は少なくとも1カ月未満で、最終的にはその人の病前のレベルまで完全に回復する病態は、短期精神病性障害(Brief Psychotic Disorder)と言います。ほとんどすべての人にとって著しいストレスとなる出来事(例:突然の失業など)に反応して症状が起こった場合は、良好な経過をたどる可能性があります。激しい精神病状態が数日ですっかり無くなることもあり、精神の病の不思議を感じざるを得ません。
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妄想性障害
妄想性障害(Delusional Disorder)は「統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害群」に含まれる精神疾患の1つです。妄想性障害は、少なくとも1つの妄想が、少なくとも1カ月間は続く病態を言い、基本的には統合失調症のように複数の精神病症状が存在することはありません。妄想、またはそれが及ぼす直接の影響を除けば、生活機能が著しく障害されることはなく、行動が目立って風変わりなこともないので、一見普通に見えることがあります。妄想の中心主題によって、次のような種々のタイプがあります:被愛型(ある人物が自分に恋愛感情をもっている)、誇大型(実際には認められない卓越した才能や見識をもっている、または重大な発見をした)、嫉妬型(自分の配偶者や恋人が不貞を働いている)、被害型(陰謀を企てられている、だまされている、見張られている等)、身体型(身体機能または感覚にかかわる妄想的確信)。
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双極Ⅰ型障害と双極II型障害
双極Ⅰ型障害(Bipolar I Disorder)を説明する前に、双極Ⅰ型障害の上位カテゴリーである「双極性障害および関連障害群」をまず説明しましょう。精神科医はうつ病と躁うつ病を合わせて“感情障害”とか“気分障害”と呼び、両者はいわば兄弟のように扱ってきました。性格は少し違う(うつ病はうつ症状だけの単極性、躁うつ病は躁症状とうつ症状の双極性)けれど、同じ親から生まれた似た者同士(病気の根本はうつ病と躁うつ病でかなり類似)と考えてきました。しかし、米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)では、最新の知見を検討した結果、従来の気分障害という上位カテゴリーを排して、双極Ⅰ型障害や双極Ⅱ型障害を含む「双極性障害および関連障害群」という上位カテゴリーを新設して、「統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害群」と「抑うつ障害群」との間に置きました。難しいことはさておき、結論としては、双極性障害というのは、かつて考えていた以上に、うつ病とは異なる独立した精神疾患であるということです。
双極Ⅰ型障害と診断されるには、少なくとも1回以上の躁病エピソードを経験する必要があります(ということは、たった1回の躁病だけでも、それ以外はすべて抑うつ、あるいは軽躁であっても構わないということです)。躁病エピソードとは、少し難しい表現ですが、診断基準をそのまま引用しますと、「気分が異常かつ持続的に高揚し、開放的または易怒的となり、異常にかつ持続的に亢進した目標指向性の活動または活力がある普段とは異なる期間が、少なくとも1週間、ほぼ毎日、1日の大半において持続する」ものです。その期間には、以下に示す躁症状が3つ、またはそれ以上存在する必要があります。これは普段の行動とは明らかに異なった変化を象徴しており、双極Ⅰ型障害の診断になくてはならない症候群です。また、双極Ⅰ型障害とされるには、社会的または職業的機能に著しい障害を引き起こしている必要がありますし、躁病エピソードは、自分自身または他人に害を及ぼすことを防ぐために入院が必要であるほど重篤です。
1)自尊心の肥大、または誇大
2)睡眠欲求の減少(例:3時間眠っただけで十分な休息がとれたと感じる)
3)普段より多弁であるか、しゃべり続けようとする切迫感
4)観念奔逸、またはいくつもの考えがせめぎ合っているといった主観的な体験
5)注意散漫(すなわち、注意があまりにも容易に、重要でないまたは関係のない外的刺激によって他に転じる)が報告される、または観察される
6)目標指向性の活動(社会的、職場または学校内、性的のいずれか)の増加、または精神運動焦燥(すなわち、無意味な非目標指向性の活動)
7)困った結果につながる可能性が高い活動に熱中すること(例:制御のきかない買いあさり、性的無分別、またはばかげた事業への投資などに専念すること)
もう一方の双極性障害である双極II 型障害については、「双極II 型障害の診断のためには、現在または過去の軽躁病エピソードの以下の基準を満たし、および、現在または過去の抑うつエピソードの以下の基準を満たすことが必要」と診断基準にありますが、双極Ⅰ型障害との違いが分かりにくいですね。一つは、双極Ⅱ型障害における躁症状はあくまで軽躁病のレベルであって、躁病のレベルに達してはいけないこと、もう一つは、双極Ⅱ型障害では軽躁とは反対極の抑うつがなくてはならないということです。先に述べたように、双極Ⅰ型障害では躁病だけの単極性の病態を認めています。
軽躁病エピソードは、躁病エピソードのいわば軽症版で、前述の躁病エピソードの1)から7)の症状は共通です。しかし、気分の高揚や苛立ちと、活動や活力の亢進を示す普段とは異なる期間の持続は、少なくとも4日間と躁病エピソードよりも短く、軽躁病エピソードが社会的または職業的機能に著しい障害を引き起こしたり、または入院を必要としたりするほど重篤となることはないと定義されています。
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うつ病/大うつ病性障害(MDD)
専門家はこの疾患を英語でMDD (Major Depressive Disorder)と略して呼ぶことがあります。1つ1つの英単語に日本語訳を割り当てたのが「大うつ病性障害」ですが、最近では単に「うつ病」と呼ばれます。これまで日本の精神科医がうつ病と診断してきた病態と、米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)が定義するこのうつ病が果たして同じものなのか、現在でも議論があります。DSM-5が定義するうつ病は、少なくとも5つのうつ症状が同時期に出現する症候群で、「抑うつ気分」あるいは「興味または喜びの喪失」といった気分や感情の異常が存在することが必須です。その他の症状としては、体重(食欲)の増減、不眠や過眠といった身体の変化、精神運動焦燥や制止といった行動の変化、疲労感や気力減退といった意欲の変化、無価値感や罪責感といった認知の変化、集中力や決断力の減退といった思考の変化があります。
これら症状はほとんど一日中存在し、それが毎日途切れることなく続き、少なくとも2週間以上にわたって存在した場合にうつ病の診断が考慮されます。うつ症状の同時多発性に加えて、途切れることのない持続性を強調することで、我々が日常的に体験する正常反応としてのうつと区別しようとしているのです。その一方で、DSM-5におけるうつ病診断では、うつ病の発症に関わるとされる性格や状況、ストレス等の情報は補足的に利用されるにすぎません。「様々な条件下で発生する最終的帰結としての精神症候群」としての扱いが強いのでしょう。
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物質・医薬品誘発性抑うつ障害
現在までのところ、うつ病の原因は究極的には不明と言わざるを得ません。一方、ある薬物・医薬品に、抑うつ気分や興味・喜びの著明な減退を引き起こす可能性が知られていて、薬物の中毒や離脱、医薬品の摂取と、抑うつ気分や興味・喜びの著明な減退の発生が時間的に関係しているみなされる場合は、その薬物・医薬品によって誘発された抑うつ障害と診断します。抑うつ気分や興味・喜びの著明な減退を引き起こす可能性が知られている医薬品として、歴史的にはレセルピンという降圧薬が有名で、ここからうつ病のモノアミン仮説につながるのですが、臨床では様々な病気の治療に利用されるステロイド剤の頻度が高いです。
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持続性抑うつ障害(気分変調症)
より慢性的な形態をとる抑うつ障害を、米国精神医学会の診断マニュアルDSM-5では、新しく「持続性抑うつ障害(気分変調性障害)」と呼ぶことにしました。英語ではPersistent Depressive Disorder (Dysthymia) です。ここでいう“持続性”というのは、気分の障害が成人では2年以上(子どもでは1年以上)続く状態と定義されます。持続性抑うつ障害と気分変調性障害の2つの呼び名があるのは、以前のバージョンであるDSM-IV(第4版)における、慢性の大うつ病性障害と気分変調性障害の両者を含んでいるためです。前者の大うつ病性障害は、現行のDSM-5 でもうつ病/大うつ病性障害として掲載されていますが、実はうつ病というのは再燃・再発こそ多いとはいえ、一定の期間で自然に回復する傾向を有するエピソード性の精神疾患です。
しかしながら、うつ病の経過はさまざまであり、個々の抑うつエピソードの間に、ほとんど、あるいは全く症状のない時期が何年も続いている人がいる一方で、寛解状態(=症状がないか、比較的軽い少数の症状のみを持つ状態が2カ月以上に渡って継続する)がほとんどない人もいます。後者のような、慢性的な抑うつ状態にあり続ける人々に対して診断されることがあるのが、持続性抑うつ障害(気分変調性障害)です。ただし、抑うつ症状が慢性化している場合には、パーソナリティ障害、不安症、物質使用障害が併存している可能性もある、持続性抑うつ障害(気分変調性障害)と鑑別することが難しい場合があります。
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重篤気分調節症(DMDD)
専門家によって英語でDMDD (Disruptive Mood Dysregulation Disorder)と呼ばれるこの疾患カテゴリーについては、その成立過程を若干説明しておきたいと思います。ここ数年、米国では子どもの双極性障害の診断が急激に増加しましたが、「慢性的で持続的な易怒性は、子どもの躁の症状である」とする考え方が広まったからでした。この見解の真偽はさて置き、期間限定的な症状を呈する双極性障害との比較における、慢性的で持続的な易怒性を示す子どもに対する適切な分類と治療に関する問題に取り組むために、重篤気分調節症の疾患概念が導入されました。重篤気分調節症における激しい易怒性は2つの特徴的な臨床症状として現れ、1つは「頻回のかんしゃく発作」、もう1つは「かんしゃく発作の間欠期に認められる、慢性的で持続的な易怒的、または怒りの気分」です。
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月経前不快気分障害(PMDD)
専門家はこの疾患を英語でPMDD (Premenstrual Dysphoric Disorder)と略して呼ぶことがあります。症状が月経と時間的関係を持って増減する障害で、もっぱら女性において診断されます。米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)によれば、ほとんどの月経周期において、月経開始前の最終週に少なくとも5つの症状が認められ、月経開始から数日以内に軽快し始め、月経終了後の週には最小限になるか消失します。多彩な症状が知られており、精神症状には、①著しい感情の不安定性、②著しい苛立たしさ、怒り、または対人関係の摩擦の増加、③著しい抑うつ気分、絶望感、または自己批判的思考、④著しい不安、緊張、および/または“高ぶっている” とか“いらだっている” という感覚、があります。身体的・生理的症状としては、①食欲の著しい変化、過食、または特定の食物への渇望、②過眠または不眠、③乳房の圧痛または腫脹、関節痛または筋肉痛、“膨らんでいる” 感覚、などがあります。
PMDDは、先のDSM-5ではうつ病と同じ「抑うつ障害群」に含まれます。抑うつ障害群に共通する特徴は、「悲しく、虚ろな、あるいは易怒的な気分が存在し、身体的および認知的な変化も伴う」とありますので、精神症状として抑うつ気分や絶望感とともに、苛立たしさや怒りがPMDDにあっても良いわけです。しかし、最も特徴的なのは、「決まって月経開始前の最終週に症状が出現するものの、月経開始から数日以内には症状は軽快して、月経終了後の週には症状はほとんど無くなるか完全に無くなる」といった症状の時間的経過です。身体的・生理的症状も類似の時間的経過をたどりますが、あまり知られていない症状の一つに月経片頭痛(menstrual migraine)があり、国際頭痛分類の第3版の付録にも、純粋月経片頭痛または月経関連片頭痛として記述されています。
医学的治療については、抑うつ障害の一つとして、精神科では選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)などの抗うつ薬を処方することがありますが、黄体期中期から後期にかけて、黄体ホルモン(プロゲステロン)の血中濃度が低下することが病因に関係すると言われていることもあり、婦人科では低用量ピルを用いることもあります。いずれにしても、精神科と婦人科の密な連携が求められる精神・身体疾患と言えましょう。
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パニック症と広場恐怖症
パニック症(Panic Disorder)は、むしろパニック障害の日本語訳の方が馴染みがあるかもしれません。米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)では不安症群/不安障害群に含まれる精神疾患の1つです。その特徴の1つが、 繰り返される予期しないパニック発作(Panic Attack)です。パニック発作とは、不安な状態のみならず、平穏な状態からも突然に起こりうる、激しい恐怖または強烈な不快感の高まりで、それは数分以内でピークに達し、その時間内に次のような多彩な症状が出現します。①動悸・心悸亢進・心拍数の増加、②発汗、③身震い・震え、④息切れ感・息苦しさ、⑤窒息感、⑥胸痛・胸部の不快感、⑦嘔気・腹部の不快感、⑧めまい感・ふらつく感じ・頭が軽くなる感じ・気が遠くなる感じ、⑨寒気・熱感、⑩異常感覚(感覚麻痺またはうずき感)、⑪現実感消失(現実ではない感じ)・離人感(自分自身から離脱している)、⑫抑制力を失う・“どうかなってしまう” ことに対する恐怖、⑬死ぬことに対する恐怖。こうした予期しないパニック発作を繰り返し体験すると、さらなるパニック発作やその結果について持続的な懸念や心配(例:コントロールを失う)を持ったり、発作に関連した不適応的な行動変化(例:不慣れな状況を回避する)を起こしたりします。
広場恐怖症(Agoraphobia)も、パニック症/パニック障害と同じ不安症群/不安障害群に含まれる精神疾患の1つです。アゴラ(Agora)とは古代ギリシヤ語で「広場」を意味する言葉だそうで、都市国家の古代アテナイなどでは、広場に集まった大勢の人々が、政治・経済・哲学などの議論に花を咲かせたと言われます。人が実際に多いかどうかは別として、広場恐怖症に苦しむ人は、次にあげるような状況について著明な恐怖または不安があり、結果として回避されます。①公共交通機関の利用(例:自動車、バス、列車、船、航空機)、②広い場所にいること(例:駐車場、市場、橋)、③囲まれた場所にいること(例:店、劇場、映画館)、④列に並ぶまたは群衆の中にいること、⑤家の外に1 人でいること。広場恐怖症をもつ人の中で、その発症前にパニック発作またはパニック症を報告する率は、一般人の30%、医療機関を受診した人では50%と言われますので、広場恐怖症とパニック症はかなり似ている点があり、一部の患者さんは両方の診断を受ける場合があります。
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限局性恐怖症
限局性恐怖症は、米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)の「不安症群/不安障害群」に含まれる精神疾患の1つです。特定の対象または状況(例:飛行すること、高所、動物、注射されること、血を見ること)への顕著な恐怖と不安が特徴です。しかし子どもにおいては、この恐怖や不安は泣く、かんしゃくを起こす、凍りつく、または、まといつく、といった行動で表現されることがあります。その恐怖の対象や状況は、ほとんどいつも即時に恐怖や不安を誘発し、積極的に避けられるか、強い恐怖や不安を感じながら耐え忍ばれており、特定の対象や状況によって引き起こされる実際の危険性や社会文化的状況とは釣り合いません。恐怖刺激には次のようなものがあります:動物(例:クモ、虫、犬)、自然環境(例:高所、嵐、水)、血液・注射・負傷(例:注射針、侵襲的な医療処置)、状況(例:航空機、エレベーター、閉所)。
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社交不安症(SAD)
社交不安症(Social Anxiety Disorder, SAD)は、社交不安障害、または社交恐怖とも呼ばれ、米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)の「不安症群/不安障害群」に含まれる精神疾患の1つです。他者の注視を浴びる可能性のある1つ以上の社交場面に対する、著しい恐怖または不安が特徴で、例として①社交的なやりとり(例:雑談すること、よく知らない人に会うこと)、②見られること(例:食べたり飲んだりすること)、③他者の前でなんらかの動作をすること(例:談話をすること)が含まれます。その人は、ある振る舞いをするか、または不安症状を見せることが、否定的な評価を受けることになると恐れていて、その社交的状況はほとんど常に恐怖または不安を誘発し(注:子どもにおいては、その恐怖や不安は泣く、かんしゃく、凍りつく、まといつく、縮みあがる、または、社交的状況で話せないといった行動で表現されることがあります)、その社交的状況は回避されるか、強い恐怖や不安を感じながら耐え忍ばれており、その社交的状況がもたらす現実の危険やその社会文化的背景とは釣り合いません。
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全般性不安症
米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)の不安症群/不安障害群に含まれる全般性不安症/全般性不安障害(Generalized Anxiety Disorder)をもつ人は、仕事や学業などの多数の出来事・活動についての過剰な不安と心配が頻繁に生じて、それをコントロールすることが困難です。この状態は少なくとも半年以上続き、心理的苦痛や社会生活上の支障を引き起こします。日常生活上の些細な事柄に関してあれもこれも極度に不安を感じる“行き過ぎた心配性”といった有様で、その不安・心配の及ぶ範囲は広く“全般性”です。従って、例えばパニック症の患者さんにおける“予期しないパニック発作に対する持続的な懸念や心配”のように特定されたものとは異なります。不安と心配は、次に述べるような身体的生理的症状を伴います:①落ち着きのなさ、緊張感、または神経の高ぶり、②疲労しやすいこと、③集中困難、または心が空白になること、④易怒性、⑤筋肉の緊張、⑥睡眠障害(入眠または睡眠維持の困難、または、落ち着かず熟眠感のない睡眠。
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分離不安症と選択性緘黙
米国精神医学会に診断マニュアル(DSM-5)の不安症群/不安障害群は、「過剰な恐怖および不安と、関連する行動の障害を特徴とする疾患群」からなりますが、その一方で、恐怖、不安、または回避行動を引き起こす対象または状況の種類、および関連する認知的観念によって、互いに区別されます。要するに、その人が体験する症状や随伴する行動は似ているけれど、それを引き起こすもの、随伴する思考については不安症群/不安障害群の疾患ごとに違いがあり、それをもとに鑑別診断を行います。
分離不安症/分離不安障害(Separation Anxiety Disorder)は、「愛着をもっている人物との別離に関する過剰な恐怖・不安」であり、その程度はその人の発達段階に見合わないという点で不適切です。診断には、過剰で不適切な分離不安の存在を支持する少なくとも3つの証拠が必要で、例えば次のようなものが含まれます:①家または愛着をもっている重要な人物からの別離が、予期される、または、経験されるときの、反復的で過剰な苦痛、②愛着をもっている重要な人物を失うかもしれない、または、その人に病気、負傷、災害、または死など、危害が及ぶかもしれない、という持続的で過剰な心配、③愛着をもっている重要な人物から分離される、運の悪い出来事(例:迷子になる、誘拐される、事故に遭う、病気になる)を経験するという持続的で過剰な心配などです。子どもに限らず、成人でも診断されることがあります。
選択性緘黙(Selective Mutism)は、「他の状況(例:身近な家族がいる自宅)で話しているにもかかわらず、話すことが期待されている特定の社会的状況(例:学校)において、一貫して話すことができない病態」を言います。一般には言語能力には問題がないと考えられており、不安症群/不安障害群の1つに位置付けられています。過度な内気、人前で狼狽することへの恐怖、社会的孤立と引きこもり、まといつき、強迫的傾向、否定的思考、かんしゃく、または、軽度の反抗的行動を伴うこともあります。
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強迫症(OCD)
強迫症/強迫性障害は、かつては強迫神経症と呼ばれていたものです。米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)の「強迫症/強迫性障害および関連障害群」には、強迫症、醜形恐怖症、ためこみ症、抜毛症、皮膚むしり症など多彩な障害が含まれます。これらの障害の病態は相互に関連しているとする証拠が増しつつあり、不安症群/不安障害群とは独立した上位カテゴリーにまとめることは、診療上も有用と考えられるためです。この中で最も代表的な強迫症は、強迫観念または強迫行為の存在で特徴づけられます。強迫観念とは繰り返し生じて持続する思考、衝動、イメージであり、強迫観念を持つ人には侵入的で望ましくないものとして体験されます。
一方、強迫行為は繰り返される行動、または心の中の行為であり、強迫行為を行う人は強迫観念に対応して、あるいは厳密に守らなければならないある決まりに従ってしなければならないように感じています。しかし、「汚れが付いたのではないか」、「鍵をし忘れたのではないか」と考えて不安になり、手を何度か洗ったり、施錠を再確認したりする行為を行う人は、世の中に割と多くいるものです。強迫症と診断されるには、その程度が重いことが重要であり、強迫観念または強迫行為は時間を浪費させる(1日1時間以上かける)、または臨床的に意味のある機能の障害を引き起こしている必要があります。
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醜形恐怖症とためこみ症
米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)の「強迫症/強迫性障害および関連障害群」には、醜形恐怖症とためこみ症が含まれます。醜形恐怖症/身体醜形障害(Body Dysmorphic Disorder, BDD)は、DSM-5の診断基準によれば、「知覚された身体上の外見の欠陥または欠点にとらわれているが、それは他人には認識できないかできても些細なものに見える」、「外見上の心配に反応して、繰り返し行動(例:鏡による確認、過剰な身繕い、皮膚むしり、安心希求行動など)、または精神的行為(例:他人の外見と自分の外見を比較する)を行う」とあります。筋肉醜形恐怖といって、自分の身体の造りが小さすぎる、または筋肉が不十分であるともっぱら訴えるタイプもあります。
ためこみ症(Hoarding Disorder)も強迫症/強迫性障害群に含まれる疾患ですので、強迫症/強迫性障害と類似する特徴があります。実際の価値の有無とは関係なく、その人は持ち物を捨てること、または手放すことが慢性的に難しく、それは持ち物をとっておきたい欲求、または捨てることに関する苦痛があるためです。持ち物を捨てることができないので、活動できる生活空間は物で一杯になってしまい(いわゆる「ゴミ屋敷」)、その利用が妨げられてしまいます。生活空間が散らかっていない場合でも、それは家族や清掃業者、公的機関が何とかしたからに過ぎません。
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抜毛症と皮膚むしり症
抜毛症(英語ではTrichotillomania、またはHair-Pulling Disorder)は、米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)では強迫症(強迫性障害)群に含まれる疾患ですので、強迫症(強迫性障害)と類似する特徴があります。抜毛症を持つ患者さんは、繰り返し体毛を抜き、その結果、体毛が失われてしまいます。体毛を抜くことを減らす、または止めようと繰り返し試みますが、なかなか成功しません。抜毛自体はけっして珍しくない行為ですが、抜毛症と診断するには、それが著しい心理的苦痛、あるいは社会生活における機能の障害を引き起こしている必要があります。
皮膚むしり症(英語ではExcoriation、またはSkin-Picking Disorder)は、同じくDSM-5の強迫症(強迫性障害)群に含まれる疾患で、抜毛症と似ていますが、この場合は皮膚の損傷を引き起こす繰り返される皮膚むしり行為が特徴で、皮膚むしり行為を減らす、またはやめようと繰り返し試みますが、なかなか成功しません。皮膚の一部を何度もいじってしまうことは時々みかける行為ですが、皮膚むしり症と診断するには、先の抜毛症と同様に、それが著しい心理的苦痛、あるいは社会生活における機能の障害を引き起こしている必要があります。
抜毛症も皮膚むしり症も、男性よりも女性に多い傾向があり、先のDSM-5によれば、男女比は抜毛症では約1:10、皮膚むしり症では約1:3とのことです。この推定に関しては、「おそらく真の性差を反映していると考えられるが、外見に関する性差あるいは文化的な態度に基礎づけられた治療希求性の違いを反映している可能性もある」とも書かれています。
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心的外傷後ストレス障害(PTSD)と急性ストレス障害(ASD)
近ごろは心的外傷後ストレス障害をPTSD (Post-Traumatic Stress Disorder) と英語で呼ぶことが多くなりました。米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)では、成人、青年、または6歳を超える子どもに適用する診断基準と、6歳以下の子どもに適用する診断基準を分けていますが、PTSDと診断されるための共通の必須要件は、 「実際にまたは危うく死ぬ、重症を負う、性的暴力を受ける出来事」へ曝されることです。曝されるといっても、いくつかの仕方が規定されています。心的外傷的出来事を直接体験することはもちろんですが、他人に起こった出来事を直に目撃すること(例:眼前で起きた交通事故死)、家族または親しい友人に起こった心的外傷的出来事を耳にすること(例:親友が爆弾テロに巻き込まれて爆死した)を含みます。もう一つ、心的外傷的出来事の強い不快感をいだく細部に、繰り返しまたは極端に曝露される体験というのは、例えば災害現場で遺体を収集する緊急対応要員などが該当します。PTSDは特定の症候群を伴うことが知られていて、①侵入症状、②回避症状、③認知と気分の陰性の変化、④覚醒度と反応性の著しい変化の4つです。
急性ストレス障害もASD (Acute Stress Disorder) と英語で呼ばれることがありますが、自閉症スペクトラム症も英語でASD (Autism Spectrum Disorder) ですから、少し紛らわしいですね。ASDと診断されるための必須要件はPTSDと同じで、実際にまたは危うく死ぬ、重症を負う、性的暴力を受ける出来事へ曝されることです。曝される仕方も、その後に表れる症候群もPTSDとほとんど同じです。PTSDとの違いは、症状の持続が心的外傷的出来事へ曝されてから最長でも1カ月であることです。1ヶ月を超えて症状が持続する場合はPTSDと診断することになるので、同じ心的外傷的出来事に曝されても、最初から症状が出ない人、出たとしても1ヶ月以内になくなる人、不幸にも1カ月以上に渡って持続してしまう人がいるということです。
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適応障害
適応障害は精神科の外来で最も多く診断され得る疾患の1つです。はっきりと確認できるストレスとなる出来事(=ストレス因)に反応して生じるという点では、心的外傷後ストレス障害(PTSD)や急性ストレス障害(ASD)と似ているので、米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)では、PTSDやASDとともに「心的外傷およびストレス因関連障害群」という同じ上位カテゴリー内に位置づけられています。ただし、適応障害のストレス因は、PTSDやASDで求められるストレス因(=心的外傷的出来事)の重症度や種類よりも幅広いものが含まれます。すなわち、より軽く日常的な出来事(例:失業や離婚)のこともあります。
一方、危うく死ぬかもしれない心的外傷的出来事を体験をしたとしても、PTSDやASDの診断に必要な特定の症候群を示さない場合に、適応障害と診断されることがあります。いずれにしても適応障害の症状は、ストレス因への暴露後3か月以内に現れ、ストレス因の消失後から6カ月以内には無くなるとされています。症状にはいくつかの種類があり、①抑うつ気分(落ち込み、涙もろさ、または絶望感)、②不安(神経質、心配、過敏、または分離不安)、③不安と抑うつ気分の混合、④素行の障害、⑤情動と素行の障害があります。
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反応性アタッチメント障害と脱抑制型対人交流障害
小児期の適切な養育の欠如が、子どもの抑うつ症状や引きこもり行動に関係することがあります。乳児が特定の人との密接な関係を求める傾向やそれらの人がいることにより安心する傾向をアタッチメントと言い(ヒルガードの心理学 第16版)、これまで愛着と訳されてきましたが、最近ではアタッチメントとカタカナ表記することが多いようです。小児期の適切な養育の欠如は、健康的なアタッチメントの形成を阻害して、子どもの心理的・行動的問題を引き起こすことがあるようです。反応性アタッチメント障害(Reactive Attachment Disorder、反応性愛着障害とも訳します)を持つ子どもは、大人の養育者に対して感情的に引きこもった行動をとる傾向があり、苦痛なときでも滅多に安楽(英語ではcomfort:癒しや慰め)を求めず、それを与えられても反応しません。他者に対して最小限の対人交流と情緒反応しか示さず、喜びや嬉しさといった陽性の感情は限られています。
一方、小児期の適切な養育の欠如が、子どもの脱抑制と外に向かう行動に関係することがあります。脱抑制型対人交流障害(Disinhibited Social Engagement Disorder)を持つ子どもは、見慣れない大人に積極的に近づき交流する傾向があり、見慣れない大人に近づき交流することへのためらいが、減少しているか欠如しています。その結果、見慣れない大人に何のためらいもなく進んでついて行こうとする行動や、過度に馴れ馴れしい言葉遣いや態度が観察されることがあります。米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)では、反応性アタッチメント障害、脱抑制型対人交流障害のいずれにしても、「その子どもは少なくとも9カ月の発達年齢である」と診断時の年齢に関して条件を設けています。「9カ月に満たない乳児において観察される愛着の問題や脱抑制的な行動は、正常の変異との区別が難しい」ということでしょう。
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解離性健忘
解離性健忘(Dissociative Amnesia)も解離性障害群に含まれる精神疾患の1つです。心因性健忘とか、より一般的には“記憶喪失”と言われる病態です。想起できないのは通常、心的外傷的またはストレスの強い性質をもつ自伝的記憶(=その人が生活の中で経験した様々な出来事に関する記憶の総体で、より個人的意味合いを持つもの)であり、自転車の運転など“体で覚えた”記憶(=手続き的記憶)が障害されることは非常に稀です。大抵は特定の1つまたは複数の出来事についての限局的または選択的健忘ですが、健忘がその人の生活史全体に及ぶ全般性健忘の形をとることもあります。
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解離性同一症
解離性同一症/解離性同一性障害(Dissociative Identity Disorder)は、解離性障害群に含まれる精神疾患の1つです。「解離」という言葉は、あまり聞きなれない精神医学用語ですが、清明な正常の意識状態から、心的内容の一部が分離することで、この解離が解離性障害群に含まれる各種疾患に共通する中核的な心理メカニズムです。解離性同一性障害は解離の極端な表出で、解離性同一性障害を持つその人は、いくつかの独立した人格を示しますが、それぞれが他の人格に気づきません(俗にいう多重人格のことです)。日々の出来事、重要な個人的情報、または心的外傷的な出来事を想起できないといったエピソードを繰り返し体験します(空白の時間が存在する)。
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離人感・現実感消失症
離人感・現実感消失症/離人感・現実感消失障害(Depersonalization/Derealization Disorder)も解離性障害群に含まれる精神疾患の1つです。この障害の特徴は、離人感(自らの考え、感情、感覚、身体、または行為について、非現実、離脱、または外部の傍観者であると感じる体験)や現実感消失(周囲に対して、非現実または離脱の体験)であり、これらが持続または反復して、心理的苦痛や機能の障害を起こす場合に、離人感・現実感消失症と診断されることがあります。具体的な例としては、離人感を持つと、「知覚が変化している、時間感覚がゆがんでいる、自分の存在が非現実的である、または存在していない、感情や身体が麻痺している」ように体験します。外部の傍観者というのは、臨死体験者が時に語るような、「身体と精神が分離して、身体を上から見下ろす」ような不思議な体験です。一方、現実感消失を体験している人は、「人または物が非現実的で、夢のような、霧がかかった、生命をもたない、または視覚的にゆがんでいる」ように感じます。このように両症状はよく似ているので、離人感・現実感消失症とまとめて表現されています。
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身体症状症と病気不安症
米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)において身体症状症(Somatic Symptom Disorder)はその名の通り、身体症状症および関連症群という上位分類の中に含まれる代表的な精神疾患の一つであり、かつての身体表現性障害に近いものです。身体症状症および関連症群の各障害に共通する特徴は、「心理的苦痛と生活機能の障害に関連する身体症状の顕在化」であり、身体症状を有することから、精神科よりも一般のクリニックなどでしばしば診断されます。身体症状を有すること以外に、身体症状、またはそれに伴う健康への心配に関連した過度な①思考、②感情、または③行動があるとされています。①の思考とは「自分の症状の深刻さについての不釣り合いかつ持続する思考」、②の感情とは「健康または症状についての持続する強い不安」、③の行動とは「これらの症状または健康への懸念に費やされる過度の時間と労力」です。典型的には、これら症状のある状態は6 カ月以上に渡って続きます。
病気不安症(Illness Anxiety Disorder)も、身体症状症および関連症群に含まれる精神疾患の一つです。文字通り、重篤な病気を過剰に恐れるもので、少なくとも6カ月間は続きます。「重い病気である、または病気にかかりつつある」との考えにとらわれている一方で、先に述べた身体症状症とは異なり、身体症状を訴えることは稀です。ある身体疾患について濃厚な家族歴(=その病気を発症した人が血縁者に大勢いる)を持っている人では、その病気の発症を心配すること自体は自然なことと思われます。しかし「重い病気である、または病気にかかりつつある」とするとらわれが、現実の危険性と比べて明らかに過度であるか不釣り合いであると場合は、病気不安症と診断されることがあります。健康に対する強い不安が存在し、かつ健康状態について容易に恐怖を感じるので、病気の徴候が出ていないか繰り返し検査を求めたり(=医療を求めるタイプ)、反対に必要な受診や検査を避けたりします(=医療を避けるタイプ)。
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変換症と作為症
米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)では、変換症/転換性障害(機能性神経症状症)と3つも名前が併記されているので少し混乱してしまいますが、すべて同じ障害をさしています。英語ではConversion Disorder (Functional Neurological Symptom Disorder)となっていて、Conversion Disorderの日本語訳が「変換症/転換性障害」、Functional Neurological Symptom Disorderの日本語訳が「機能性神経症状症」です。古くは転換ヒステリー、これまで転換性障害と呼ばれてきた病態で、この“転換”(てんかん:英語のconversionの訳)が、“癲癇”(てんかん:原因は様々であるが、大脳の神経細胞の過剰な電気活動に由来する反復性のてんかん発作を特徴とする慢性の脳疾患、英語ではepilepsy)と紛らわしいことから、“変換”(へんかん:英語では同じくconversion)と訳し直したことで、変換症という呼び名が生まれました。この変換症の本質的な特徴は、「適切な神経学的評価によって神経学的病態生理と矛盾していることがわかる神経症状」です。神経内科や脳神経外科の先生が扱うことが多い神経症状(=脳や脊髄、末梢神経といった脳神経系の異常に由来する医学的症状)に類似した訴えがあるものの、それは脳神経系の診察や検査の結果とは矛盾するので、既存の神経疾患または医学的疾患に由来するとは考えることができません。次に述べる複数の症状があり、それらが混合することもあります。脱力または麻痺、異常運動(例:振戦、ジストニア運動、ミオクローヌス、歩行障害)、嚥下症状、発話症状(例:失声症、ろれつ不良など)、発作またはけいれん、知覚麻痺または感覚脱失、特別な感覚症状(例:視覚、嗅覚、聴覚の障害)、混合症状。
一方の作為症/虚偽性障害(Factitious Disorder)も、作為症と虚偽性障害と2つの名前が併記されていますが、従来の虚偽性障害という訳名に対して、新しく作為症という訳名を与えたものですので、両者は同じ障害をさしています。英語辞書を引くと、factitiousとは「不自然な、人工的な」とあります。一方、国語辞典では、虚偽は「うそ、いつわり」、作為は「作り事、わざと作ったこと」とあります。倫理的な面よりも意図的という本質を述べている“作為”の方が、より適切と思われます。自分自身または他者に負わせる身体的または心理的な徴候と症状のねつ造が本質で、これらは“ごまかし”であることが判明します。作為症をもつ人は、外傷または疾病を誘発して自分自身または他者に対する治療を求める可能性もあります。病気のねつ造の方法には、誇張、作り話、擬態、および誘発が含まれます。既存の医学的疾患があるかもしれませんが、ごまかし行動、またはごまかしを伴う外傷の誘発によって、そのような人(または他者)がより重篤または障害が重いように周囲に見えるようにします。以上述べたように、作為症には自分自身に負わせるタイプ(=自らに負わせる作為症)と、他者に負わせるタイプ(=他者に負わせる作為症)があり、他者には子ども、親、ペットが含まれます。他者に負わせる作為症の診断を受けるのは、その被害者ではなく加害者であって、被害者については虐待の診断がなされることがあり得ます。
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神経性やせ症と神経性過食症
神経性やせ症/神経性無食欲症(Anorexia Nervosa)は、俗に拒食症と呼ばれる代表的な摂食障害です。米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)による診断基準によれば、1)必要量と比べてカロリー摂取を制限し、年齢、性別、成長曲線、身体的健康状態に対する有意に低い体重に至り、2)有意に低い体重であるにもかかわらず、体重増加または肥満になることに対する強い恐怖、または体重増加を妨げる持続した行動があり、3)自分の体重または体型の体験の仕方における障害、自己評価に対する体重や体型の不相応な影響、または現在の低体重の深刻さに対する認識が持続的に欠如している病態です。診断時から遡った過去3カ月間において、過食または排出行動の反復的なエピソードがない場合を「摂食制限型」、過食または排出行動の反復的なエピソードがある場合を「過食・排出型」として区別します。
他方、もう一つの代表的な摂食障害である神経性過食症/神経性大食症(Bulimia Nervosa)を持つ人は、神経性やせ症/神経性無食欲症とは違ってひどく痩せてはいません。むしろ反復する過食エピソードが特徴で、その人は、他とはっきり区別される時間帯に(例:任意の2時間の間の中で)、ほとんどの人が同様の状況で同様の時間内に食べる量よりも明らかに多い食物を食べ、その間は食べることを抑制できないという感覚(例:食べるのをやめることができない、または、食べる物の種類や量を抑制できないという感覚)を持ちます。加えて、その人は体重の増加を防ぐための反復する不適切な代償行動、例えば、自己誘発性嘔吐、絶食、過剰な運動などを行います。神経性過食症/神経性大食症と診断されるには、この過食エピソードと不適切な代償行動が、ともに平均して3カ月間にわたって少なくとも週1回は起きる必要があります。自己評価が体型および体重の影響を過度に受けることは、神経性やせ症/神経性無食欲症と同じです。
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回避・制限性食物摂取症
回避・制限性食物摂取症/回避・制限性食物摂取障害(Avoidant/Restrictive Food Intake Disorder)は、神経性やせ症や神経性過食症とともに「食行動障害および摂食障害群」に含まれる精神疾患の一つで、米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)において初めて記述されました。摂食または摂食に関連した行動の持続的な障害によって特徴づけられ、食物の消費または吸収を変化させることにつながり、身体的健康や心理社会的機能に支障をきたします。
自己評価が体型および体重の影響を過度に受けるといった心理的特徴を持つ神経性やせ症や神経性過食症といった摂食障害群よりも、異食症や反芻症といった食行動障害群により近い障害です。体重減少または栄養不足、経腸栄養または経口栄養補助食品への依存、心理社会的機能の著しい障害が生じうるのですが、それは食べることまたは食物への明らかな無関心、食物の感覚的特徴に基づく回避、食べた後に嫌悪すべき結果が生じることへの不安などに由来します。
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不眠障害と過眠障害
米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)の不眠障害(Insomnia Disorder)は、一般に不眠症と言われるものです。3つの不眠症状があり、それは、1)入眠困難(子どもの場合、世話する人がいないと入眠できないことも含む)、2)頻回の覚醒、または覚醒後に再入眠できないこと(子どもの場合、世話する人がいないと再入眠できないことも含む)、早朝覚醒があり、再入眠できないことです。このような不眠症状が、少なくとも1週間に3夜で起き、少なくとも3カ月間持続すると、睡眠の量や質に関する不満や苦痛が著しく増大したり、社会生活における機能の障害を引き起こしたりします。睡眠時無呼吸低呼吸のような他の睡眠-覚醒障害、併存する精神疾患および医学的疾患、乱用薬物や医薬品による不眠症状は、ここでいう不眠障害には含まれません。
一方の過眠障害(Hypersomnolence Disorder)は、一般に過眠症と言われるものです。少なくとも7時間の睡眠をとったにも関わらず、過剰な眠気の訴えがあり、DSM-5の診断基準ではさらに以下の症状のうち1つが必要です。1)その同じ日のうちに、繰り返し睡眠に陥る、2)9時間以上の長い睡眠エピソードがあっても、回復感や爽快感がない、3)急に起こされても、十分に覚醒を維持するのが困難である。このような過眠症状が、少なくとも1週間に3回あり、少なくとも3カ月間持続すると、苦痛が著しく増大したり、社会生活における機能の障害を引き起こしたりして、過眠障害と診断されます。ただし、ナルコレプシーや睡眠時無呼吸低呼吸によるものは除きます。詳細は解明されていませんが、神経系の機能障害が想定されています。
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ナルコレプシー
「眠り病」などと言われたこともありましたが、現在では「ナルコレプシー」とカタカナ表記します。英語の綴りはNarcolepsyです。頻度は比較的まれですが、欧米よりも日本人に多い疾患で、欧米では10,000人あたり2から4人と言われているのに対して、日本では16から18人と報告されています。その特徴の一つは、「抑えがたい睡眠欲求、睡眠に陥る、うたた寝する時間の反復」です。このような過眠症状は、より有病率の高い睡眠時無呼吸症候群(睡眠時無呼吸低呼吸)の主症状でもありますが、ナルコレプシーの発症は10歳代から20歳代前半の前思春期から青年期ですので、むしろ中年期に多い睡眠時無呼吸低呼吸とは発症年齢のピークは少し異なります。加えて、情動脱力発作(突然に筋肉の緊張がなくなって脱力する数秒から数分のエピソードで、笑いや冗談によって引き起こされる)が存在すれば、診断はかなり確からしいと考えられています。
ナルコレプシー患者さんにおける視床下部のオレキシン神経系の異常の発見には、日本人研究者が大いに貢献しましたが、現在のところナルコレプシーの根本的治療法はありません。それでも対症的治療法で症状は十分コントロールされることが多いので、早期診断が非常に重要です。睡眠衛生を整え、睡眠発作や情動脱力発作を抑える薬物療法を併用することで、学業や職業機能が目覚ましく改善した患者さんもいます。
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概日リズム睡眠-覚醒障害群
米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)の「概日リズム睡眠-覚醒障害群」(Circadian Rhythm Sleep-Wake Disorders)は、もちろん睡眠障害の一種なのですが、睡眠の質や量の問題というよりも、寝たり起きたりするタイミングの障害であり、より短く「概日リズム障害」と呼ばれてきたものです。概日リズムは英語でCircadian Rhythmですが、「およそ1日で繰り返すリズム」という意味です。約24 時間周期の生理学的または生化学的機能、睡眠覚醒活動の水準、そして情動状態の周期的変動を言い、動植物を問わず、広く生物に保存されている基本的機能です。DSM-5の概日リズム睡眠-覚醒障害群には、次の6つのタイプが記述されています:①睡眠相後退型、②睡眠相前進型、③不規則睡眠-覚醒型、④非24 時間睡眠-覚醒型、⑤交代勤務型、⑥特定不能型。
精神科でしばしば診断されるのが、若年男性に多い睡眠相後退型で、入眠する時刻と起床する時刻が後退(時計まわりに移動)してしまい、早い時刻に入眠したり、起床したりすることができなくなります。しかし、このずれた睡眠時間においては眠れています。簡単に言えば、その人に心理的苦痛や社会生活上の支障をきたすほどの“遅寝遅起き”です。一方、高齢者に多いのが睡眠相前進型で、入眠する時刻と起床する時刻が前進(時計と反対回りに移動)してしまい、遅い時刻まで起きている、寝続けることができなくなります。しかし、このずれた睡眠時間においては眠れています。簡単に言えば、その人に心理的苦痛や社会生活上の支障をきたすほどの“早寝早起き”です。いずれのタイプでも、まずは睡眠と覚醒の時間帯を記録する(睡眠日誌をつける)ことをまず行い、実態を可視化することが肝要です。
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レストレスレッグス症候群
このように最近ではカタカナ表記が好まれますが、restlessは〔人が〕じっとしていられない、legsは両方の脚(下肢)ですので、日本語の「むずむず脚症候群」はとても良い命名と思います。その特徴である脚を動かしたいという強い欲求は、落ち着かない不快な下肢の感覚を伴うか、それに反応して生じていて、診断の確定には次の3つの条件をすべて満たす必要があります。1)脚を動かしたいという強い欲求は、安静時または低活動時に始まるか、増悪する、2)その欲求は、運動することで、部分的または完全に改善する、3)その欲求は、それは日中より夕方または夜間に増悪するか、夕方または夜間にしか生じない。
鉄欠乏性貧血、腎不全、透析を受けている人などに多く発生しますが、女性では妊娠中に起こることがあります。落ち着かない不快な下肢の感覚は不眠症につながり、結果として精神科、神経内科、睡眠障害の専門家によって診断されることが多いようです。
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ノンレム睡眠からの覚醒障害とレム睡眠行動障害
人の睡眠にはノンレム睡眠(Non-REM sleep)とレム睡眠(REM sleep)があり、次に述べる2つの睡眠時随伴症(Parasomnias:睡眠中、または睡眠と覚醒の移行期に生じる異常な行動または生理学的事象に関する睡眠障害)は、「ノンレム睡眠中に生じるか、レム睡眠中に生じるか」という点で異なります。
ノンレム睡眠からの覚醒障害(Non-Rapid Eye Movement Sleep Arousal Disorders)は、子どもに多い睡眠障害です。ふつうは睡眠時間の最初の1/3の間(たとえば睡眠時間が9時間の場合、寝入ってからの3時間)に、睡眠から不完全に覚醒するエピソードが反復します。症状を異にする次の2つのタイプがあります。1)睡眠時遊行症型:睡眠中にベッドから起き上がり歩き回るエピソードの反復で、睡眠時遊行の間、その人はうつろな表情で視線を動かさず、他の人が話しかけようとしてもあまり反応せず、覚醒させるのがきわめて困難です。2)睡眠時驚愕症型:睡眠から突然驚愕覚醒するというエピソードの反復で、通常は恐怖の叫び声で始まります。各エピソード中に、強い恐怖と、瞳孔散大、頻拍、呼吸促迫、発汗など自律神経系緊張の徴候があり、エピソード中、他の人たちが落ち着かせようとしても反応がかなり悪いです。
一方のレム睡眠行動障害(Rapid Eye Movement Sleep Behavior Disorder)を、専門家はRBDと略して呼ぶことがあります。パーキンソン病を含むレビー小体病との関連が示唆される睡眠障害で、診断の確定には次の3つがすべて存在する必要があります。1)睡眠中に、発声および/または複雑な運動行動を伴う覚醒エピソードの反復、2)これらの行動はレム睡眠中に生じ、したがって、通常は入眠から90分以上経過して、睡眠時間の後半により多く起こるが、昼寝の間に起こることは多くない、3)これらのエピソードから覚醒するとき、その人は完全に覚醒しており、敏感であり、混乱や失見当識はない。なかなか難しい定義ですが、「夢で演技する行動」と言った方が分かり易いかもしれません。レム睡眠と非レム睡眠という2種類の睡眠が知られていて、睡眠時間の後半に多く出現するレム睡眠中は夢を見ることが多いのですが、レム睡眠行動障害の患者さんは、攻撃されているとか、脅威的な状況から逃げようとしているなど、過剰に行動的あるいは暴力的な夢を見た結果、この疾患を持たない人では生じることのない運動反応を起こしてしまいます。
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性別違和
性別違和(Gender Dysphoria)は性同一性障害(Gender Identity Disorder, GID)としても知られる疾患ですが、米国精神医学会の新しい診断マニュアル(DSM-5)ではGender Dysphoriaと名称が変更され、日本語訳は性別違和となりました。子供でも成人でも診断される障害です。性別違和では、その人により経験または表出されるジェンダーと、指定されたジェンダーとの間の不一致に伴う苦痛に焦点を当てています。ジェンダー(Gender)を性別と訳すとセックス(Sex)との違いが分かりにくいですが、ジェンダーは「男子または女子として、男性または女性として、社会で生活するうえでの(通常は法的に認められた)役割で、生物学的要因は社会的要因と心理的要因との相互作用において性別発達に寄与するとみられる」と先のマニュアルでは解説されています。性同一性障害の概念化とは若干異なり、性同一性自体よりも、臨床的問題としての精神的不快を強調しています。
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秩序破壊的・衝動制御・素行症群
米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)の素行症/素行障害(Conduct Disorder)は、情動と行動の制御の問題と関連している障害の集まりである「秩序破壊的・衝動制御・素行症群」という大きな枠組みの中に含まれる障害の一つです。それぞれの障害には情動と行動という2種類の自己制御の問題が存在しますが、その多様性が著しいのは、情動と行動のどちらに重点を置くのか異なるためです。素行症の診断基準では、主に「他者の権利を侵害する、社会的規範を遵守しない」といった制御が乏しい行動に焦点がおかれています。
間欠爆発症/間欠性爆発性障害(Intermittent Explosive Disorder)も「秩序破壊的・衝動制御・素行症群」に含まれる障害の一つですが、情動と行動のどちらに重点を置くのかという点において、素行障害の反対の極に位置すると考えられます。間欠爆発症の診断基準では、制御が乏しい情動でも、「対人関係や他の引き金、または心理社会的ストレス因からみて不釣り合いな怒りの爆発」に焦点がおかれています。
反抗挑発症/反抗挑戦性障害(Oppositional Defiant Disorder)も「秩序破壊的・衝動制御・素行症群」に含まれる障害の一つですが、情動と行動のどちらに重点を置くのかという点において、先に述べた素行症と間欠爆発症の中間に位置づけられます。その基準は、情動(怒り、および易怒性)と行動(口論好きで挑発的態度)に均等に焦点がおかれています。
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放火症と窃盗症
米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)には、情動と行動の制御の問題と関連している障害の集まりである「秩序破壊的・衝動制御・素行症群」という大きな枠組みがあります。その中に含まれる障害には、情動と行動という2種類の自己制御の問題が存在しますが、その多様性が著しいのは、情動と行動のどちらに重点を置くのか異なるためです。放火と窃盗といった触法行為が、次に述べるような精神病理学的特徴を持ってい場合には、精神医学的診断が下されることがあります。
放火症(Pyromania)は、臨床では稀にしか用いられない診断です。火をつけることに関係した衝動の制御困難が特徴で、火をつけることは内的な緊張感を緩和すると考えられています。金銭的利益、社会政治的イデオロギーの表現、犯罪行為の隠蔽、怒りまたは報復の表現などのためでなく、放火が繰り返されます。その行為の原動力は、放火の行為の前の緊張感または感情的興奮、 火災およびそれに伴う状況(例:消火設備、その使用法、結果)に魅了され、興味をもち、好奇心をもち、惹きつけられること、放火したときの、または火事を目撃したり、またはそこで起こった騒ぎに参加したりするときの快感、満足感、または解放感です。
窃盗症(Kleptomania)も、臨床では稀にしか用いられない診断です。物を盗むことに関係した衝動の制御困難が特徴で、火をつけることは内的な緊張感を緩和すると考えられています。個人用に用いるためでもなく、またはその金銭的価値のためでもなく、物を盗もうとする衝動に抵抗できなくなることが繰り返されます。その行為の原動力は、窃盗に及ぶ直前の緊張の高まりと、窃盗に及ぶときの快感、満足、または解放感です。
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物質使用障害群
“嗜癖”という言葉は、物質の強迫的で習慣的な使用に関連した重篤な問題を記載するために一般的に用いられていますが、米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)では“診断用語”としては使用されていません。嗜癖性障害という用語も出てきますが、特定の病態を割り当てているわけではありません。物質関連障害群という大分類があり、物質使用障害群と物質誘発性障害群という中分類があり、さらにそれぞれの物質や医薬品に関連した障害を含むという階層構造になっています。
物質使用障害群(Substance Use Disorders)は、アルコール、カフェイン、大麻、幻覚薬、吸入剤、オピオイド、鎮静薬・睡眠薬・抗不安薬、精神刺激薬、タバコ、他の(または不明の)物質といった10 の異なる分類の薬物に及んでいます。DSM-5によると、その本質的特徴は「物質に関連した重大な問題が生じているにもかかわらず、その人が物質を使用し続けることを示す、一群の認知的、行動的、生理学的症状」です。簡単に言えば、使用障害とは、不適切で問題となる物質の使用といった軽度のレベルから、乱用、そして重度の依存を含むより包括的な枠組みいうことです。アルコールの問題となる使用が「アルコール使用障害」ですが、DSM-5の診断基準によれば、耐性や離脱といった身体依存の代表的な症状を含む11項目のうち、少なくとも2つが12カ月以内に起こることと定義されます。
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物質誘発性障害群
米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)には、個別の多数の障害を含む「物質誘発性障害群」(Substance-Induced Disorders)という上位カテゴリーがあります。物質の中毒、離脱、物質や医薬品に誘発された精神疾患が含まれ、臨床症状の違いにより、精神病性障害、双極性障害、抑うつ障害、不安症、強迫症、睡眠障害、性機能不全、せん妄、神経認知障害などがあります。精神疾患を誘発し得る物質や医薬品には、実に多くのものがありますが、一般の精神科臨床では、物質としては酒類の主成分である「酒精」、すなわちエチルアルコールや医薬品(たいていは処方薬、ときに市販薬)が多いです。
例えばアルコールの中毒は、最近のアルコール摂取があり、臨床的に意味のある不適応性の行動的または心理学的変化(例:不適切な性的または攻撃的行動、気分の不安定、判断能力の低下)が、アルコール摂取中または摂取後すぐに発現するもので、呂律の回らない会話、協調運動障害、不安定歩行、眼振、注意または記憶力の低下、昏迷または昏睡といった徴候または症状が1 つ(またはそれ以上)が出現します。一方、アルコールの離脱は、大量かつ長期間にわたっていたアルコール使用の中止(または減量)の後、数時間~数日以内に、自律神経系過活動(発汗や頻拍)、手指振戦の増加、不眠、嘔気または嘔吐、一過性の視覚性、触覚性、または聴覚性の幻覚または錯覚、精神運動興奮、不安、全般性強直間代発作のうち2 つ(またはそれ以上)が出現します。
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ギャンブル障害
依存性の物質(アルコールなど)に対してではない嗜癖の障害として、米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)において認められている唯一の精神疾患が、ギャンブル障害(Gambling Disorder)です。ギャンブル行動では、乱用薬物によって活性されるのと類似の報酬系を活性化させ、物質使用障害によって生じる行動上の症状と同等であるようにみえる症状を生じさせるという証拠があります。興奮を得たいがために、掛け金の額を増やして賭け事をしたり、賭け事をするのを中断したり、または中止したりすると落ち着かなくなる等の特徴を持つ反復性の問題となる賭博行動です。その人に生活上の問題を引き起こしたり、心理的苦痛をもたらしたりします。類似の病態にインターネットゲーム障害(Internet Gaming Disorder)がありますが、これについては今後の研究を要するとして暫定的に扱われています。
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せん妄
せん妄(Delirium)とは注意力の低下を伴う意識障害の一種ですが、その程度が比較的軽いため、開眼していることも多く、“意識がない”わけではないけれど、十分に覚醒しているとは言えない状態です。米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)においてせん妄と診断されるには、次の5つの特徴が備わっている必要があます。1)注意の障害(すなわち、注意の方向づけ、集中、維持、転換する能力の低下)および意識の障害(環境に対する見当識の低下)、2)その障害は短期間のうちに出現し(通常数時間~数日)、もととなる注意および意識水準からの変化を示し、さらに1日の経過中で重症度が変動する傾向がある、3)さらに認知の障害を伴う(例:記憶欠損、失見当識、言語、視空間認知、知覚)、4)1)および2)に示す障害は、他の既存の、確定した、または進行中の神経認知障害ではうまく説明されないし、昏睡のような覚醒水準の著しい低下という状況下で起こるものではない、5)病歴、身体診察、臨床検査所見から、その障害が他の医学的疾患、物質中毒または離脱(すなわち、乱用薬物や医療品によるもの)、または毒物への曝露、または複数の病因による直接的な生理学的結果により引き起こされたという証拠がある。
なかなか難しい言い回しですが、簡単に言えば、注意が散漫、逆に切り替えることができない、ぼやっとしている状態が比較的急性に出現し、夕方から夜間に悪化する傾向があり、日によって良かったり悪かったりと一定せず、聞けば居場所や日時について混乱があり、自身の幻覚体験や異常行動についても覚えていないなど記憶の障害があり、興奮したり怒ったりと感情の障害も顕著です。認知症性疾患に併存することも多いのですが、持続する認知症状態とは区別します。重度の意識障害では昏睡状態となり、上記のような特徴は観察できませんから、おのずとせん妄とは、様々な要因による一時的な脳の機能障害で、比較的軽い注意と意識の障害を中心症状として、幻覚や興奮など周辺症状を伴うことが多い急性の病態となります。
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軽度認知障害(MCI)
認知症を心配して当院を受診される患者さんで、最終的には軽度認知障害の診断を受ける方が増えています。軽度認知障害は、英語で MCI(=Mild Cognitive Impairment)と言いますが、最近は健康関連の書籍でも、そのまま「MCI(エム・シー・アイ)」として紹介されることが多くなりました。記憶障害を含む認
知障害が進んで、日常生活を妨げるような病的状態となった場合を認知症と呼びますが、MCI では認知障害はあったとしても“軽度”であり、基本的には日常生活は自立しています。しかしながらよく聞けば、年を重ねるごとに自覚する物忘れの進行に不安を抱いていたり、原因のはっきりしない心身の不調を感じていたりすることが多いようです。
通常は、認知能力の衰えの程度を評価したり、その原因となっているかもしれない脳神経系の病気の有無を検査したりして、慎重に対応を検討します。軽度認知障害(MCI)と診断された人は、そうでない人よりも、確かに認知症になりやすい傾向があるのですが(=認知症の危険因子)、必ずしも認知症になるわけではなく、中には軽度認知障害とも言えない“正常”に戻ってしまう人もいるくらいです。すなわち、臨床診断される軽度認知障害は、実に様々な病態が混じり合った混合物であって、これを峻別して、高い将来予測(認知症をどのくらいの確率で発症するのか、発症するとすれば、どんな種類の認知症になりやすいのかなど)が可能となるような診断技術や検査法の開発が待たれています。
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アルツハイマー型認知症
アルツハイマー型認知症は、米国精神医学会の診断マニュアルDSM-5では「アルツハイマー病による認知症(Major Neurocognitive Disorder Due to Alzheimer’s Disease)」と呼ばれていますが、意味するところは同じです。アルツハイマー病であるとする証拠の確実性の違いにより、「確実なアルツハイマー病」と「疑いのあるアルツハイマー病」の2つがあります。普通の孤発性のアルツハイマー病には濃厚な家族歴(血縁者に同病が集積すること)はありませんが、ごく稀に家族性(遺伝性)のアルツハイマー病が発見されます。そこで、家族歴または遺伝子検査から、アルツハイマー病の原因となる遺伝子変異の証拠が見つかれば、確実なアルツハイマー病となります。
一方、アルツハイマー病の原因となる遺伝子変異の証拠が不明な状況であっても、以下の3つすべてが存在していれば、これも確実なアルツハイマー病と臨床診断可能です。すなわち、①詳細な病歴、または連続的な神経心理学的検査に基づいて、記憶、学習、および少なくとも1つの他の認知領域の低下の証拠が明らかである、②着実に進行性で緩徐な認知機能低下があって、安定状態が続くことはない、③他の神経変性または脳血管疾患がない、または認知の低下をもたらす可能性のある他の神経疾患、精神疾患、または全身性疾患がない(混合性の病因の証拠がない)です。
先のDSM-5の診断基準は、精神保健に従事するすべての医師がそれを使って診断できることを前提として作られていますので、専門的な神経画像検査の実施を必須とはしていません。しかし、日本では多くの医療機関でCTやMRI、SPECTなどを用いて、脳の形態と機能を評価して、臨床診断の補助としています。アルツハイマー型認知症では、嗅内皮質/嗅内野(entorhinal cortex)を含む内側の側頭葉が萎縮したり、後部帯状回・楔前部・頭頂皮質といった頭頂葉の血流が低下したりします。コンピュータを用いて、その患者さんと同じ年齢層に属する認知的に正常な人と、脳萎縮や血流低下の程度を統計分析することもしばしば行われます。
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レビー小体型認知症(DLB)
認知症を心配して当院を受診される中高年の患者さんで、非常に生々しい幻視をお持ちの方がいます。「布団の中に幼い子どもが寝ている」「庭先で大勢の学生さんが宴会をしている」など、実に様々な訴え方があります。
幻視とは「幻覚の一種」で、幻覚とは「対象なき知覚」です。五感という言葉がありますが、人間には、1)見る(視覚)、2)聞く(聴覚)、3)匂いがわかる(嗅覚)、4)味がわかる(味覚)、5)皮膚でわかる(触覚)といった知覚があります。健康な人が何かを見ているとき、その何かに対応する外界の物体(=対象)から出た光が、目の奥にある網膜を刺激して、結果として生じた電気信号が、所定の脳に情報を伝達することで、私たちは「〇〇を見た」という体験をします。
レビー小体型認知症に罹患しますと、対象が実在しないにも関わらずそれを見たり(=幻視)、実際の対象とは異なるものを見たり(=錯視)することが起こります。レビー小体型認知症には、このような視覚系の異常以外に、ぼやっとしている時間が頻繁に出現する(覚醒水準の変動)、歩行が小刻みになって転びやすくなる(パーキンソン症候群)、夢に反応して寝ている間に行動してしまう(レム睡眠行動障害)、起立性低血圧や慢性便秘(自律神経障害)など、記憶障害が中心のアルツハイマー病とは少し異なる症状を呈します。
レビー小体型認知症の正しい診断には、専門的な検査が必要なことがありますし、困った精神神経症状を軽減する薬物療法が奏功することもありますので、疑いがある場合は、早期に精神科や神経内科を受診することをお勧めします。
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前頭側頭型認知症(FTD)
前頭側頭型認知症、英語でFronto-Temporal Dementia (FTD)、DSM-5ではMajor Frontotemporal Neurocognitive Disorderは、ある意味でアルツハイマー型認知症と対照的な認知症性疾患です。アルツハイマー型認知症では、学習や記憶といった認知領域の低下が目立ちますが、前頭側頭型認知症では、行動障害や言語障害が特徴的です。ただし、認知症が潜行性に発症し、緩徐に進行するのは共通です。
DSM-5では行動障害型と言語障害型の2つの亜型を設けており、その1つである行動障害型の前頭側頭型認知症では、以下の行動症状のうち3つ、またはそれ以上を認め、社会的認知および/または実行能力の顕著な低下をきたします:①行動の脱抑制、②アパシーまたは無気力、③思いやりの欠如または共感の欠如、④ 保続的、常同的または強迫的/儀式的行動、④口唇傾向および食行動の変化。もう一方の言語障害型の前頭側頭型認知症では、発語量、喚語、呼称、文法、または語理解の形における、言語能力の顕著な低下が特徴的です。いずれにしても、先に述べたように、アルツハイマー型認知症で特徴的な学習、記憶、知覚運動機能は比較的保たれています。
前頭側頭型の神経認知障害であるとする証拠の確実性の違いにより、「確実な前頭側頭型認知症」と「疑いのある前頭側頭型認知症」の2つがあります。家族歴または遺伝子検査から、前頭側頭型の神経認知障害の原因となる遺伝子変異の証拠があれば確実ですが、神経画像検査で前頭葉および/または側頭葉が突出して関与しているという証拠を認めた場合も、確実な前頭側頭型認知症と診断可能です。日本では多くの医療機関でCTやMRI、SPECTなどの神経画像検査を用いて、臨床診断しています。前頭側頭型の神経認知障害では、文字とおり前頭葉と側頭葉が萎縮したり血流が低下したりします。コンピュータを用いて、その患者さんと同じ年齢層に属する認知的に正常な人と、脳萎縮や血流低下の程度を統計分析することもしばしば行われます。
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パーソナリティ障害群
パーソナリティ障害は、かつて「人格障害」と言われましたが、最近では「パーソナリティ障害」とカタカナで表記することが一般的です。その理由の一つは、“人格者”という表現があるように、「人格」という言葉には多少なりとも価値判断が含まれているからです。パーソナリティとは日常的に使われる「性格」に類似した概念で、その人が自分の外の世界(=環境)と内の世界(=自己)について感じ取り、関係を持ち、思考する比較的一貫したパターンを言います。少なくとも青年期くらいまで遡って存在する、その強固で広範なパターンが、その人に心理的苦痛や社会生活における問題を引き起こしている場合に、パーソナリティ障害を診断することがあります。米国精神医学会の診断マニュアルでは、各種のパーソナリティ障害は便宜的に3つに群分けされています。ただし、実際には以下の類型の1つにぴったりとは当てはまらない、あるいは複数の類型の特徴を同時に満たす場合も少なくなく、パーソナリティとその障害の類型的診断は簡単ではありません。
1)A 群パーソナリティ障害
英語ではodd clusterと言い、奇妙で風変わりな群で、次の3つが含まれます
① 猜疑性(妄想性)パーソナリティ障害:他人の動機を悪意あるものと解釈するといった、広範な不信と疑い深さが特徴です。
② シゾイド(スキゾイド)パーソナリティ障害:社会関係からの離脱、対人場面での感情表現の幅の狭さなどが特徴です。
③ 統合失調型パーソナリティ障害:親密な関係では急に気楽でいられなくなる、親密な関係を形成する能力の欠如、普通でない知覚体験、風変わりな行動などが特徴です。
2)B 群パーソナリティ障害
英語ではdramatic clusterと言い、活動的で不安定な群で、次の4つが含まれます。
① 反社会性パーソナリティ障害:少なくとも18歳である場合に診断されます。他人の権利を無視して侵害する、嘘をつく、衝動的で易刺激的といった特徴があります。
② 境界性パーソナリティ障害:他人との関係、自己のイメージ、感情などの不安定性と、著しい衝動性が特徴です。
③ 演技性パーソナリティ障害:過度な情動性(すばやく変化する浅薄な情動)と、人の注意を引こうとする行動(逆に自分が注目の的でないと楽しくない)が特徴です。
④ 自己愛性パーソナリティ障害:(空想または行動における)誇大性と賛美されたい欲求、他者への共感の欠如が特徴です。
3)C 群パーソナリティ障害
英語ではanxious clusterと言い、不安におびえている群で、次の3つが含まれます
① 回避性パーソナリティ障害:自己不全感、否定的評価に対する過敏性、そのために対人関係を避ける、過度な遠慮などが特徴です。
② 依存性パーソナリティ障害:他人に面倒をみてもらいたいという広範で過剰な欲求があり、そのために従属的でしがみつく行動をとることが特徴です。
③ 強迫性パーソナリティ障害:秩序、完璧主義、精神および対人関係を統制することにとらわれ、柔軟で効率的なやり方が犠牲にされるといった特徴があります。
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パラフィリア障害群
「パラフィリア」は日本語で「性嗜好異常」とも言います。医療機関を受診することは稀ですが、米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)のパラフィリア障害群には、窃視障害(他者の私的な行動を密かにのぞき見ること)、露出障害(性器を露出すること)、窃触障害(同意していない人に触ったり体をこすり付けたりすること)、性的マゾヒズム障害(屈辱、隷属、または苦痛を受けること)、性的サディズム障害(屈辱、隷属、または苦痛を与えること)、小児性愛障害(子どもを性的な対象とすること)、フェティシズム障害(生命のない対象物を使用すること、または身体の性器以外の部位にきわめて特異的な関心をもつこと)、および異性装障害(異性の衣類を身につけることで性的に興奮すること)などが含まれます。
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